PDD図書館管理番号 0002.0000.0040.00 戦 陣 訓 陸軍省:著      序  夫れ戦陣は、大命に基き、皇軍の神髄を発揮し、攻むれば必ず取り、戦へば必ず勝 ち、遍く皇道を宣布し、敵をして仰いで御稜威(ミイヅ)の尊厳を感銘せしむる処なり。 されば戦陣に臨む者は、深く皇国の使命を体し、堅く皇軍の道義を持し、皇国の威徳 を四海に宣揚せんことを期せざるべからず。  惟ふに軍人精神の根本義は、畏くも軍人に賜はりたる勅諭に炳乎として明かなり。 而して戦闘竝に練習等に関し準拠すべき要綱は、又典令の綱領に教示せられたり。然 るに戦陣の環境たる、兎もすれば眼前の事象に促はれて大本(タイホン)を逸し、時に其の 行動軍人の本分に戻るが如きことなしとせず。深く慎まざるべけんや。乃ち既往の経 験に鑑み、常に戦陣に於て勅諭を仰ぎて之が服行の完璧を期せむが為、具体的行動の 憑拠を示し、以て皇軍道義の昂揚を図らんとす。是戦陣訓の本旨とする所なり。    本 訓 其の一   第一 皇  国  大日本は皇国なり。万世一系の天皇上に在しまし、肇国の皇謨を紹継して無窮に君 臨し給ふ。皇恩万民に遍く、聖徳八紘に光被す。臣民亦忠孝勇武祖孫相承け、皇国の 道義を宣揚して天業を翼賛し奉り、君民一体以て克く国運の隆昌を致せり。  戦陣の将兵、宜しく我が国体の本義を体得し、牢固不抜の信念を堅持し、誓つて皇 国守護の大任を完遂せんことを期すべし。   第二 皇  軍  軍は天皇統帥の下、神武の精神を体現し、以て皇国の威徳を顕揚し皇運の扶翼に任 ず。常に大御心を奉じ、正にして武、武にして仁、克く世界の大和を現(ゲン)ずるも の是神武の精神なり。武は厳なるべし仁は遍きを要す。苟も皇軍に抗する敵あらば、 烈々たる武威を振ひ断乎之を撃砕すべし。仮令峻厳の威克く敵を屈服せしむとも、服 するは撃たず従ふは慈しむの徳に欠くるあらば、未だ以て全しとは言ひ難し。武は驕 らず仁は飾らず、自ら溢るるを以て尊しとなす。皇軍の本領は恩威並び行はれ、遍く 御綾威を仰がしむるに在り。   第三 皇  紀  皇軍軍紀の神髄は、畏くも大元帥陛下に対し奉る絶対随順の崇高なる精神に存す。  上下斉しく統帥の尊厳なる所以を感銘し、上は大意の承行を謹厳にし、下は謹んで 服従の至誠を致すべし。尽忠の赤誠相結び、脈絡一貫、全軍一令の下に寸毫紊るるな きは、是戦捷必須の要件にして、又実に治安確保の要道たり。  特に戦陣は、服従の精神実践の極致を発揮すべき処とす。死生困苦の間に処し、命 令一下欣然として死地に投じ、黙々として献身服行の実を挙ぐるもの、実に我が軍人 精神の精華なり。   第四 団  結  軍は、畏くも大元帥陛下を頭首と仰ぎ奉る。渥(アツ)き聖慮を体し、忠誠の至情に和 し、挙軍一心一体の実を致さざるべからず。  軍隊は統率の本義に則り、隊長を核心とし、鞏固にして而も和気藹々たる団結を固 成すべし。上下各々其の分を厳守し、常に隊長の意図に従ひ、誠心(マゴコロ)を他の腹 中に置き、生死利害を超越して、全体の為己を没するの覚悟なかるべからず。   第五 協  同  諸兵心を一にし、己の任務に邁進すると共に、全軍戦捷の為欣然として没我協力の 精神を発揮すべし。  各隊は互に其の任務を重んじ、名誉を尊び、相信じ相援け、自ら進んで苦難に就き、 戮力協心相携へて目的達成の為力闘せざるべからず。   第六 攻撃精神  凡そ戦闘は勇猛果敢、常に攻撃精神を以て一貫すべし。  攻撃に方りては果断積極機先を制し、剛毅不屈、敵を粉砕せずんば已まざるべし。 防禦又克く攻勢の鋭気を包蔵し、必ず主動の地位を確保せよ。陣地は死すとも敵に委 すること勿れ。追撃は断々乎として飽く迄も徹底的なるべし。  勇往邁進百事懼れず、沈著大胆難局に処し、堅忍不抜困苦に克ち、有ゆる障碍を突 破して一意勝利の獲得に邁進すべし。   第七 必勝の信念  信は力なり。自ら信じ毅然として戦ふ者常に克く勝者たり。  必勝の信念は千磨必死の訓練に生ず。須く寸暇を惜しみ肝胆を砕き、必ず敵に勝つ の実力を涵養すべし。  勝敗は皇国の隆替に関す。光輝ある軍の歴史に鑑み、百戦百勝の伝統に対する己の 責務を銘肝し、勝たずば断じて已むべからず。    本 訓 其の二   第一 敬  神  神霊上に在りて照覧し給ふ。  心を正し身を修め篤く敬神の誠を捧げ、常に忠孝を心に念じ、仰いで神明の加護に 恥ぢざるべし。   第二 孝  道  忠孝一本は我が国道義の精粋にして、忠誠の士は又必ず純情の孝子なり。  戦陣深く父母の志を体して、克く尽忠の大義に徹し、以て祖先の遺風を顕彰せんこ とを期すべし。   第三 敬礼挙措  敬礼は至純の服従心の発露にして、又上下一致の表現なり。戦陣の間特に厳正なる 敬礼を行はざるべからず。  礼節の精神内に充溢し、挙措謹厳にして端正なるは強き武人たるの証左なり。   第四 戦 友 道  戦友の道義は、大義の下死生相結び、互に信頼の至情を致し、常に切磋琢磨し、緩 急相救ひ、非違相戒めて、倶に軍人の本分を完うするに在り。   第五 率先躬行  幹部は熱誠以て百行の範たるべし。上正しからざけば下必ず紊る。  戦陣は実行を尚ぶ。躬を以て衆に先んじ毅然として行ふべし。   第六 責  任  任務は神聖なり。責任は極めて重し。一業一務忽せにせず、心魂を傾注して一切の 手段を尽くし、之が達成に遺憾なきを期すべし。  責任を重んずる者、是真に戦場に於ける最大の勇者なり。   第七 生 死 観  死生を貫くものは崇高なる献身奉公の精神なり。  生死を超越し一意任務の完遂に邁進すべし。身心一切の力を尽くし、従容として悠 久の大義に生くることを悦びとすべし。   第八 名を惜しむ  恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。 生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ。   第九 質実剛健  質実以て陣中の起居を律し、剛健なる士風を作興し、旺盛なる士気を振起すべし。  陣中の生活は簡素ならざるべからず。不自由は常なるを思ひ、毎事節約に努むべし。 奢侈は勇猛の精神を蝕むものなり。   第十 清廉潔白  清廉潔白は、武人気質の由つて立つ所なり。己に克つこと能はずして物慾に捉はる る者、争(イカ)でか皇国に身命を捧ぐるを得ん。  身を持するに冷厳なれ。事に処するに公正なれ。行ひて俯仰天地に愧ぢざるべし。    本 訓 其の三   第一 戦陣の戒 一 一瞬の油断、不測の大事を生ず。常に備へ厳に警(イマシ)めざるべからず。  敵及住民を軽侮するを止めよ。小成に安んじて労を厭ふこと勿れ。不注意も亦災 禍の因と知るべし。 二 軍機を守るに細心なれ。諜者は常に身辺に在り。 三 哨務は重大なり。一軍の安危を担ひ、一隊の軍紀を代表す。宜しく身を以て其の 重きに任じ、厳粛に之を服行すべし。  哨兵の身分は又深く之を尊重せざるべからず。 四 思想戦は、現代戦の重要なる一面なり。皇国に対する不動の信念を以て、敵の宣 伝欺瞞を破摧するのみならず、進んで皇道の宣布に勉むべし。 五 流言蜚語は信念の弱きに生ず。惑ふこと勿れ、動ずること勿れ。皇軍の実力を確 信し、篤く上官を信頼すべし。 六 敵産、敵資の保護に留意するを要す。徴発、押収、物資の燼滅等は規定に従ひ、 必ず指揮官の命に依るべし。 七 皇軍の本義に鑑み、仁恕の心能く無辜の住民を愛護すべし。 八 戦陣苟も酒色に心奪はれ、又は慾情に駆られて本心を失ひ、皇軍の威信を損じ、 奉公の身を過るが如きことあるべからず。深く戒慎し、断じて武人の清節を汚さざ らんことを期すべし。 九 怒を抑へ不満を制すべし。「怒は敵と思へ」と古人も教へたり。一瞬の激情悔を 後日に残すこと多し。  軍法の峻厳なるは特に軍人の栄誉を保持し、皇軍の威信を完うせんが為なり。常 に出征当時の決意と感激とを想起し、遙かに思を父母妻子の真情に馳せ、仮初(カリ ソメ)にも身を罪科に曝すこと勿れ。   第二 戦陣の嗜 一 尚武の伝統に培ひ、武徳の涵養、技能の練磨に勉むべし。 「毎事退屈する勿れ」とは古き武将の言葉にも見えたり。 二 後顧の憂を絶ちて只管奉公の道に励み、常に身辺を整へて死後を清くするの嗜を 肝要とす。  屍を戦野に曝すは固より軍人の覚悟なり。縦ひ遺骨の還らざることあるも、敢て 意とせざる様予て家人に含め置くべし。 三 戦陣病魔に斃るるは遺憾の極なり。特に衛生を重んじ、己の不節制に因り奉公に 支障を来すが如きことあるべからず。 四 刀を魂とし馬を宝と為せる古武士の嗜を心とし、戦陣の間常に兵器資材を尊重し、 馬匹(バヒツ)を愛護せよ。 五 陣中の徳義は戦力の因なり。常に他隊の便益を思ひ、宿舎、物資の独占の如きは 慎むべし。 「立つ鳥跡を濁さず」と言へり。雄々しく床しき皇軍の名を、異郷辺土にも永く伝 へられたきものなり。 六 総じて武勲を誇らず、功を人に譲るは武人の高風とする所なり。  他の栄達を嫉まず己の認められざるを恨まず、省みて我が誠の足らざるを思ふべ し。 七 諸事正直を旨とし、誇張虚言を恥とせよ。 八 常に大国民たるの襟度を持し、正を践み義を貫きて皇国の威風を世界に宣揚すべ し。  国際の儀礼亦軽んずべからず。 九 万死に一生を得て帰還の大命に浴することあらば、具(ツブサ)に思を護国の英霊に 致し、言行を慎みて国民の範となり、愈々奉公の覚悟を固くすべし。      結  以上述ぶる所は、悉く勅諭に発し、又之に帰するものなり。されば之を戦陣道義の 実践に資し、以て聖諭服行の完璧を期せざるべからず。  戦陣の将兵、須く此趣旨を体し、愈々奉公の至誠を擢(ヌキ)んで、克く軍人の本分を 完うして、皇恩の渥きに答へ奉るべし。 (陸軍省、昭和一六年一月)