江戸城の天守閣は五層51m日本最大の規模で1607(慶長12)に完成しました。
しかし、1657(明暦 3)1月江戸の6割を焼く尽くした振袖(ふりそで)の火事で本丸・二の丸・三の丸などとともに焼失し、再建される事はありませんでした。
振袖の火事で炎上している江戸城を江戸時代の絵で見ると、門は堅く閉ざされ、火消し道具を持った町人は濠端(ほりばた)に集まって眺めているだけです。炎は濠端の塀までおよび、奥女中や武士は塀越しにお濠に飛び込んで重なり合っています。何があろうと城門は開かないということです。まだ若い将軍家綱(いえつな)(1641〜1680)も二の丸に避難しただけで、威信のため城外への避難は許されなかったそうです。
天守台の入口から 桃華楽堂を望む。 |
本丸石垣の上は 展望台になっています。 | 登って右側。 ここは立入禁止。 |
展望台にある 方位をしめす石。 | ご覧の通り、石垣も火災によって痛んでいます。 |
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