PDD図書館管理番号 0000.0000.0219.50 ( ) はひらがなのルビ。 舌 切 雀(シタキリスズメ) 太宰 治:作  私はこの「お伽(トギ)草紙(ゾウシ)」という本を、日本の国難打開のた めに敢闘している人々の寸暇に於(オ)ける慰労のささやかな玩具(ガング) として恰好(カッコウ)のものたらしむべく、このごろ常に微熱を発している 不完全のからだながら、命ぜられては奉公の用事に出動したり、また自 分の家の罹災(リサイ)の後始末やら何やらしながら、とにかく、そのひま に少しづつ書きすすめて来たのである。瘤取(コブト)り、浦島さん、カチ カチ山、その次に、桃太郎と、舌切雀を書いて、一応この「お伽草紙」 を完結させようと私は思っていたのであるが、桃太郎のお話は、あれは もう、ぎりぎりに単純化せられて、日本男児の象徴のようになっていて、 物語というよりは詩や歌の趣きさえ呈している。もちろん私も当初に於 いては、この桃太郎をも、私の物語に鋳造し直すつもりでいた。すなわ ち私は、あの鬼ヶ島の鬼というものに、或る種の憎むべき性格を附与し てやろうと思っていた。どうしてもあれは、征伐せずには置けぬ醜怪極 悪無類の人間として、描写するつもりであった。それに依(ヨ)って桃太 郎の鬼征伐も大いに読者諸君の共鳴を呼び起し、而(シコウ)してその戦闘 も読む者の手に汗を握らせるほどの真に危機一髪のものたらしめようと たくらんでいた。(未(イマ)だ書かぬ自分の作品の計画を語る場合に於い ては、作者はたいていこのようにあどけない法螺(ホラ)を吹くものである。 そんなに、うまくは行きませぬて。)まあさ、とにかく、まあ、聞き給 (タマ)え。どうせ、気焔(キエン)だがね。とにかく、ひやかさずに聞いてく れ給え。ギリシャ神話に於いて、最も佞悪(ネイアク)醜穢(シュウワイ)の魔物は、 やはりあの万蛇頭のメデウサであろう。眉間(ミケン)には狐疑(コギ)の深い 皺(シワ)がきざみ込まれ、小さい灰色の眼には浅間(アサマ)しい殺意が燃え、 真蒼(マッサオ)な頬は威嚇(イカク)の怒りに震えて、黒ずんだ薄い唇(クチビル)は 嫌悪(ケンオ)と侮蔑(ブベツ)にひきつったようにゆがんでいる。そうして長 い頭髪の一本一本がことごとく腹の赤い毒蛇である。敵に対してこの無 数の毒蛇は、素早く一様に鎌首(カマクビ)をもたげ、しゅっしゅっと気味 悪い音を立てて手向う。このメデウサの姿をひとめ見た者は、何とも知 れずいやな気持になって、そうして、心臓が凍り、からだ全体つめたい 石になったという。恐怖というよりは、不快感である。人の肉体よりも、 人の心に害を加える。このような魔物は、最も憎むべきものであり、か つまたすみやかに退治しなければならぬものである。それに較(クラ)べる と、日本の化物は単純で、そうして愛嬌(アイキョウ)がある。古寺の大入道 や一本足の傘(カサ)の化物などは、たいてい酒飲みの豪傑のために無邪気 な舞いをごらんに入れて以(モッ)て豪傑の乙夜(イツヤ)丑満(ウシミツ)の無聊(ブ リョウ)を慰めてくれるだけのものである。また、絵本の鬼ヶ島の鬼たちも、 図体(ズウタイ)ばかり大きくて、猿(サル)に鼻など引掻(ヒッカ)かれ、あっ!  と言ってひっくりかえって降参したりしている。一向におそろしくも何 とも無い。善良な性格のもののようにさえ思われる。それでは折角の鬼 退治も、甚(ハナハ)だ気抜けのした物語になるだろう。ここは、どうして もメデウサの首以上の凄(スゴ)い、不愉快きわまる魔物を登場させなけ ればならぬところだ。それでなければ読者の手に汗を握らせるわけには いかぬ。また、征服者の桃太郎が、あまりに強くては、読者はかえって 鬼のほうを気の毒に思ったりなどして、その物語に危機一髪の醍醐味(ダ イゴミ)は湧(ワ)いて出ない。ジイグフリイドほどの不死身(フジミ)の大勇者 でも、その肩先に一箇所の弱点を持っていたではないか。弁慶にも泣き どころがあったというし、とにかく、完璧(カンペキ)の絶対の強者は、ど うも物語には向かない。それに私は、自身が非力のせいか、弱者の心理 にはいささか通じているつもりだが、どうも、強者の心理は、あまりつ まびらかに知っていない。殊(コト)にも、誰にも絶対に負けぬ完璧の強者 なんてのには、いま迄(マデ)いちども逢(ア)った事が無いし、また噂(ウワサ) にさえ聞いた事が無い。私は多少でも自分で実際に経験した事で無けれ ば、一行も一字も書けない甚だ空想が貧弱の物語作家である。それで、 この桃太郎物語を書くに当っても、そんな見た事も無い絶対不敗の豪傑 を登場させるのは何としても不可能なのである。やはり、私の桃太郎は、 小さい時から泣虫で、からだが弱くて、はにかみ屋で、さっぱり駄目な 男だったのだが、人の心情を破壊し、永遠の絶望と戦慄(センリツ)と怨嗟(エ ンサ)の地獄にたたき込む悪辣(アクラツ)無類にして醜怪の妖鬼(ヨウキ)たちに接 して、われ非力なりと雖(イエド)もいまは黙視し得ずと敢然立って、黍団 子(キビダンゴ)を腰に、かの妖鬼たちの巣窟(ソウクツ)に向って発足する、と でもいうような事になりそうである。またあの、犬、猿、雉(キジ)の三 匹の家来も、決して模範的な助力者ではなく、それぞれに困った癖があっ て、たまには喧嘩(ケンカ)もはじめるであろうし、ほとんどかの西遊記(サイ ユウキ)の悟空(ゴクウ)、八戒(ハッカイ)、悟浄(ゴジョウ)の如きもののように書く かも知れない。しかし、私は、カチカチ山の次に、いよいよこの、「私 の桃太郎」に取りかかろうとして、突然、ひどく物憂い気持に襲われた のである。せめて、桃太郎の物語一つだけは、このままの単純な形で残 して置きたい。これは、もう物語ではない。昔から日本人全部に歌い継 がれて来た日本の詩である。物語の筋にどんな矛盾があったって、かま わぬ。この詩の平明濶達(カッタツ)の気分を、いまさら、いじくり廻すのは、 日本に対してすまぬ。いやしくも桃太郎は、日本一という旗を持ってい る男である。日本一はおろか日本二も三も経験せぬ作者が、そんな日本 一の快男子を描写できる筈(ハズ)が無い。私は桃太郎のあの「日本一」 の旗を思い浮べるに及んで、潔く「私の桃太郎物語」の計画を放棄した のである。  そうして、すぐつぎに舌切雀の物語を書き、それだけて一応、この 「お伽草紙」を結びたいと思い直したわけである。この舌切雀にせよ、 また前の瘤取り、浦島さん、カチカチ山、いずれも「日本一」の登場は 無いので、私の貴任も軽く、自由に書く事を得たのであるが、どうも、 日本一と言う事になると、かりそめにもこの貴い国で第一と言う事にな ると、いくらお伽噺だからと言っても、出鱈目(デタラメ)な書き方は許さ れまい。外国の人が見て、なんだ、これが日本一か、などと言ったら、 その口惜しさはどんなだろう。だから、私はここにくどいくらいに念を 押して置きたいのだ。瘤取りの二老人も浦島さんも、またカチカチ山の 狸さんも、決して日本一ではないんだぞ、桃太郎だけが日本一なんだぞ、 そうしておれはその桃太郎を書かなかったんだぞ。本当の日本一なんか、 もしお前の眼前に現われたら、お前の両眼はまぶしさのためにつぶれる かも知れない。いいか、わかったか。この私の「お伽草紙」に出て来る 者は、日本一でも二でも三でも無いし、また、所謂「代表的人物」でも 無い。これはただ、太宰という作家がその愚かな経験と貧弱な空想を以 て創造した極(キワ)めて凡庸の人物たちばかりである。これらの諸人物を 以て、ただちに日本人の軽重を推計せんとするのは、それこそ刻舟求剣 のしたり顔なる穿鑿(センサク)に近い。私は日本を大事にしている。それは 言うまでも無い事だが、それゆえ、私は日本一の桃太郎を描写する事は 避け、また、他の諸人物の決して日本一ではない所以(ユエン)をもくどく どと述べて来たのだ。読者もまた、私のこんなへんなこだわり方に大い に賛意を表して下さるのではあるまいかと思われる。太閤(タイコウ)でさえ 言ったじゃないか。「日本一は、わしではない。」と。  さて、この舌切雀の主人公は、日本一どころか、逆に、日本で一ばん 駄目な男と言ってよいかも知れぬ。だいいち、からだが弱い。からだの 弱い男というものは、足の悪い馬よりも、もっと世間的の価値が低いよ うである。いつも力無い咳(セキ)をして、そうして顔色も悪く、朝起きて 部屋の障子にはたきを掛け、帚(ホウキ)で塵(チリ)を掃き出すと、もう、ぐっ たりして、あとは、一日一ぱい机の傍(ソバ)で寝たり起きたり何やら蠢 動(シュンドウ)して、夕食をすますと、すぐ自分でさっさと蒲団(フトン)を敷 いて寝てしまう。この男は、既に十数年来こんな情無い生活を続けてい る。未だ四十歳にもならぬのだが、しかし、よほど前から自分の事を翁 (オウ)と署名し、また自分の家の者にも「お爺(ジイ)さん」と呼べと命令 している。まあ、世捨人とでも言うべきものであろうか。しかし、世捨 人だって、お金が少しでもあるから、世を捨てられるので、一文無しの その日暮しだったら、世を捨てようと思ったって、世の中のほうから追 いかけて来て、とても捨て切れるものでない。この「お爺さん」も、い まはこんなささやかな草の庵(イオリ)を結んでいるが、もとをただせば大 金持の三男坊で、父母の期待にそむいて、これという職業も持たず、ぼ んやり晴耕雨読などという生活をしているうちに病気になったりして、 このごろは、父母をはじめ親戚(シンセキ)一同も、これを病弱の馬鹿の困り 者と称してあきらめ、月々の暮しに困らぬ小額の金を仕送りしていると いうような状態なのである。さればこそ、こんな世捨人みたいな生活も 可能なのである。いかに、草の庵とはいえ、まあ、結構な身分と申さざ るを得ないであろう。そうして、そんな結構な身分の者に限って、あま りひとの役に立たぬものである。からだが弱いのは事実のようであるが、 しかし、寝ているほどの病人では無いのだから、何か一つくらい積極的 な仕事の出来ぬわけはない筈である。けれども、このお爺さんは何もし ない。本だけは、ずいぶんたくさん読んでいるようだが、読み次第わす れて行くのか、自分の読んだ事を人に語って知らせるというわけでもな い。ただ、ぼんやりしている。これだけでも、既に世間的価値がゼロに 近いのに、さらにこのお爺さんには子供が無い。結婚してもう十年以上 にもなるのだが、未だ世継が無いのである。これでもう完全に彼は、世 間人としての義務を何一つ果していない、という事になる。こんな張合 いの無い亭主に、よくもまあ十何年も連添うて来た細君というのは、ど んな女か、多少の興をそそられる。しかし、その草庵(ソウアン)の垣根越(カ キネゴ)しにそっと覗(ノゾ)いてみた者は、なあんだ、とがっかりさせられ る。実に何とも、つまらない女だ。色がまっくろで、眼はぎょろりとし て、手は皺(シワ)だらけで大きく、その手をだらりと前にさげて少し腰を かがめていそがしげに庭を歩いているさまを見ると、「お爺さん」より も年上ではないかと思われるくらいである。しかし、今年三十三の厄年 だという。このひとは、もと「お爺さん」の生家に召使われていたので あるが、病弱のお爺さんの世話を受け持されて、いつしかその生涯を受 持つようになってしまったのである。無学である。 「さあ、下着類を皆、脱いでここへ出して下さい。洗います。」と強く 命令するように言う。 「この次。」お爺さんは、机に頬杖(ホオヅエ)をついて低く答える。お爺 さんは、いつも、ひどく低い声で言う。しかも、言葉の後半は、口の中 で澱(ヨド)んで、ああ、とか、うう、とかいうようにしか聞えない。連 添うて十何年になるお婆さんにさえ、このお爺さんの言う事がよく聞き とれない。いわんや、他人に於いておや。どうせ世捨人同然のひとなの だから、自分の言う事が他人にわかったって、わからなくたってどうだっ ていいようなものかも知れないが、定職にも就(ツ)かず、読書はしても 別段その知識でもって著述などしようとする気配も見えず、そうして結 婚後十数年経過しているのに一人の子供ももうけず、そうして、その上、 日常の会話に於いてさえ、はっきり言う手数を省いて、後半を口の中で むにゃむにゃ言ってすますとは、その骨惜しみと言おうか何と言おうか、 とにかくその消極性は言語に絶するものがあるように思われる。 「早く出して下さいよ。ほら、襦袢(ジュバン)の襟(エリ)なんか、油光りし ているじゃありませんか。」 「この次。」やはり半分は口の中で、ぼそりと言う。 「え? 何ですって? わかるように言って下さい。」 「この次。」と頬杖をついたまま、にこりともせずお婆さんの顔を、ま じまじと見つめながら、こんどはやや明瞭(メイリョウ)に言う。「きょうは 寒い。」 「もう冬ですもの。きょうだけじゃなく、あしたもあさっても寒いにき まっています。」と子供を叱(シカ)るような口調で言い、「そんな工合い に家の中で、じっと炉傍(ロバタ)に坐っている人と、井戸端(イドバタ)へ出 て洗濯している人と、どっちが寒いか知っていますか。」 「わからない。」と幽(カス)かに笑って答える。「お前の井戸端は習慣に なっているから。」 「冗談じゃありません。」とお婆さんは顔をしかめて、「私だって何も、 洗濯をしに、この世に生れて来たわけじゃないんですよ。」 「そうかい。」と言って、すましている。 「さあ、早く脱いで寄こして下さいよ。代りの下着類はいっさいその押 入の中にはいっていますから。」 「風邪(カゼ)をひく。」 「じゃあ、よござんす。」いまいましそうに言い切ってお婆さんは退却 する。  ここは東北の仙台郊外、愛宕山(アタゴヤマ)の麓(フモト)、広瀬川の急流に 臨んだ大竹藪(オオタケヤブ)の中である。仙台地方には昔から、雀が多かっ たのか、仙台笹(センダイザサ)とかいう紋所には、雀が二羽図案化されてい るし、また、芝居の先代萩(センダイハギ)には雀が千両役者以上の重要な役 として登場するのは誰しもご存じの事と思う。また、昨年、私が仙台地 方を旅行した時にも、その土地の一友人から仙台地方の古い童謡として 次のような歌を紹介せられた。 カゴメ カゴメ カゴノナカノ スズメ イツ イツ デハル  この歌は、しかし、仙台地方に限らず、日本全国の子供の遊び歌になっ ているようであるが、 カゴノナカノ スズメ  と一言って、ことさらに籠(カゴ)の小鳥を雀と限定しているところ、 また、デハルという東北の方言が何の不自然な感じも無く插入(ソウニュウ) せられている点など、やはりこれは仙台地方の民謡と称しても大過ない のではなかろうかと私には思われた。  このお爺さんの草庵の周囲の大竹藪にも、無数の雀か住んでいて、朝 夕、耳を聾(ロウ)せんばかりに騒ぎ立てる。この年の秋の終り、大竹藪に 霰(アラレ)が爽(サワ)やかな音を立てて走っている朝、庭の土の上に、脚(アシ) をくじいて仰向にあがいている小雀をお爺さんは見つけ、黙って拾って、 部屋の炉傍に置いて餌(エサ)を与え、雀は脚の怪我(ケガ)がなおっても、 お爺さんの部屋で遊んで、たまに庭先へ飛び降りてみる事もあるが、ま たすぐ縁にあがって来て、お爺さんの投げ与える餌を啄(ツイバ)み、糞(フ ン)をたれると、お婆さんは、 「あれ汚(キタナ)い。」と言って追い、お爺さんは無言で立って懐紙でそ の縁側の糞をていねいに拭(フ)き取る。日数の経(タ)つにつれて雀にも、 甘えていい人と、そうでない人との見わけがついて来た様子で、家にお 婆さんひとりしかいない時には、庭先や軒下に避難し、そうしてお爺さ んがあらわれると、すぐ飛んで来て、お爺さんの頭の上にちょんと停(ト マ)ったり、またお爺さんの机の上をはねまわり、硯(スズリ)の水をのどを 幽(カス)かに鳴らして飲んだり、筆立の中に隠れたり、いろいろに戯れて お爺さんの勉強の邪魔をする。けれども、お爺さんはたいてい知らぬ振 りをしている。世にある愛禽家(アイキンカ)のように、わが愛禽にへんな気 障(キザ)ったらしい名前を附けて、 「ルミや、お前も淋(サビ)しいかい。」などという事は言わない。雀が どこで何をしようと、全然無関心の様子を示している。そうして時々、 黙ってお勝手から餌を一握り持って来て、ばらりと縁側に撒(マ)いてや る。  その雀が、いまお婆さんの退場後に、はたはたと軒下から飛んで来て、 お爺さんの頬杖ついている机の端にちょんと停る。お爺さんは少しも表 情を変えず、黙って雀を見ている。このへんから、そろそろこの小雀の 身の上に悲劇がはじまる。  お爺さんは、しばらく経(タ)ってから一言、「そうか。」と言った。 それから深い溜息(タメイキ)をついて、机上に本をひろげた。その書物のペ エジを一、二枚繰って、それからまた、頬杖をついてぼんやり前方を見 ながら、「洗濯をするために生れて来たのではないと言いやがる。あれ でも、まだ、色気があると見える。」と呟いて、幽かに苦笑する。  この時、突然、机上の小雀が人語を発した。 「あなたは、どうなの?」  お爺さんは格別おどろかず、 「おれか、おれは、そうさな、本当の事を言うために生れて来た。」 「でも、あなたは何も言いやしないじゃないの。」 「世の中の人は皆、嘘(ウソ)つきだから、話を交(カワ)すのがいやになった のさ。みんな、嘘ばっかりついている。そうしてさらに恐ろしい事は、 その自分の嘘にご自身お気附きになっていない。」 「それは怠(ナマ)け者(モノ)の言いのがれよ。ちょっと学問なんかすると、 誰でもそんな工合いに横着な気取り方をしてみたくなるものらしいのね。 あなたは、なんにもしてやしないじゃないの。寝ていて人を起こすなか れ、という諺(コトワザ)があったわよ。人の事など言えるがらじゃ無いわ。」 「それもそうだが、」とお爺さんはあわてず、「しかし、おれのような 男もあっていいのだ。おれは何もしていないように見えるだろうが、ま んざら、そうでもない。おれでなくちゃ出来ない事もある。おれの生き ている間、おれの真価の発揮できる時機が来るかどうかわからぬが、し かし、その時が来たら、おれだって大いに働く。その時までは、まあ、 沈黙して、読書だ。」 「どうだか。」と雀は小首を傾け、「意気地(イクジ)無しの陰弁慶に限っ て、よくそんな負け措しみの気焔(キエン)を挙げるものだわ。廃残の御隠 居、とでもいうのかしら、あなたのようなよぼよぼの御老体は、かえら ぬ昔の夢を、未来の希望と置きかえて、そうしてご自身を慰めているん だわ。お気の毒みたいなものよ。そんなのは気焔にさえなってやしない。 変態の愚痴よ。だって、あなたは、何もいい事をしてやしないんだも の。」 「そう言えば、まあ、そんなものかも知れないが、」と老人はいよいよ 落ちついて、「しかし、おれだって、いま立派に実行している事が一つ ある。それは何かって言えば、無慾という事だ。言うは易(ヤス)くして、 行うは難いものだよ。うちのお婆さんなど、おれみたいな者ともう十何 年も連添うて来たのだから、いい加減に世間の慾を捨てているかと思っ ていたら、どうもそうでもないらしい。まだあれで、何か色気があるら しいんだね。それが可笑(オカ)しくて、ついひとりで噴(フ)き出したよう な次第だ。」  そこへ、ぬっとお婆さんが顔を出す。 「色気なんかありませんよ。おや? あなたは、誰と話をしていたので す。誰か、若い娘さんの声がしていましたがね。あのお客さんは、どこ へいらっしゃいました。」 「お客さんか。」お爺さんは、れいに依(ヨ)って言葉を濁す。 「いいえ、あなたは今たしかに誰かと話をしていましたよ。それも私の 悪口をね。まあ、どうでしょう、私にものを言う時には、いつも口ごもっ て聞きとれないような大儀そうな言い方ばかりする癖に、あの娘さんに は、まるで人が変ったみたいにあんな若やいだ声を出して、たいへんご きげんそうに、おしゃべりしていらしたじゃないの。あなたこそ、まだ 色気がありますよ。ありすぎて、べたべたです。」 「そうかな。」とお爺さんは、ぼんやり答えて、「しかし、誰もいやし ない。」 「からかわないで下さい。」とお婆さんは本気に怒ってしまった様子で、 どさんと縁先に腰をおろし、「あなたはいったいこの私を、何だと思っ ていらっしゃるのです。私はずいぶん今までこらえて来ました。あなた はもう、てんで私を馬鹿にしてしまっているのですもの。そりゃもう私 は、育ちもよくないし学問も無いし、あなたのお話相手が出来ないかも 知れませんが、でも、あんまりですわ。私だって、若い時からあなたの お家へ奉公にあがってあなたのお世話をさせてもらって、それがまあ、 こんな事になって、あなたの親御さんも、あれならばなかなかしっかり 者だし、せがれと一緒にさせても、−−」 「嘘ばかり。」 「おや、どこが嘘なのです。私が、どんな嘘をつきました。だって、そ うじゃありませんか。あの頃、あなたの気心を一ばんよく知っていたの は私じゃありませんか。私でなくちゃ駄目だったんです。だから私が、 一生あなたのめんどうを見てあげる事になったんじゃありませんか。ど こが、どんな工合いに嘘なのです。それを聞かして下さい。」と顔色を 変えてつめ寄る。 「みんな嘘さ。あの頃の、お前の色気ったら無かったぜ。それだけさ。」 「それは、いったい、どんな意味です。私には、わかりゃしません。馬 鹿にしないで下さい。私はあなたの為(タメ)を思って、あなたと一緒になっ たのですよ。色気も何もありゃしません。あなたもずいぶん下品な事を 言いますね。ぜんたい私が、あなたのような人と一緒になったばかりに、 朝夕どんなに淋しい思いをしているか、あなたはご存じ無いのです。た まには、優しい言葉の一つも掛けてくれるものです。他の夫婦をごらん なさい。どんなに貧之をしていても、夕食の時などには楽しそうに世間 話をして笑い合っているじゃありませんか。私は決して慾張り女ではな いんです。あなたのためなら、どんな事でも忍んで見せます。ただ、時 たま、あなたから優しい言葉の一つも掛けてもらえたら、私はそれで満 足なのですよ。」 「つまらない事を言う。そらぞらしい。もういい加減あきらめているか と思ったら、まだ、そんなきまりきった泣き言を並べて、局面転換を計 ろうとしている。だめですよ。お前の言う事なんざ、みんなごまかしだ。 その時々の安易な気分本位だ。おれをこんな無口な男にさせたのは、お 前です。夕食の時の世間話なんて、たいていは近所の人の品評じゃない か。悪口じゃないか。それも、れいの安易な気分本位で、やたらと人の 陰口をきく。おれはいままで、お前が人をほめたのを聞いた事がない。 おれだって、弱い心を持っている。お前にまきこまれて、つい人の品評 をしたくなる。おれには、それがこわいのだ。だから、もう誰とも口を きくまいと思った。お前たちには、ひとの悪いところばかり眼について、 自分自身のおそろしさにまるで気がついていないのだからな。おれは、 ひとがこわい。」 「わかりました。あなたは、私にあきたのでしょう。こんな婆が、鼻に ついて来たのでしょう。私には、わかっていますよ。さっきのお客さん は、どうしました。どこに隠れているのです。たしかに若い女の声でし たわね。あんな若いのが出来たら、私のような婆さんと話をするのがい やになるのも、もっともです。なんだい、無慾だの何だのと悟り顔なん かしていても、相手が若い女だと、すぐもうわくわくして、声まで変っ て、ぺちゃくちゃとお喋(シャベ)りをはじめるのだからいやになります。」 「それなら、それでよい。」 「よかありませんよ。あのお客さんは、どこにいるのてす。私だって、 挨拶(アイサツ)を申さなければ、お客さんに失礼ですよ。こう見えても、私 はこの家の主婦ですからね、挨拶をさせて下さいよ。あんまり私を踏み つけにしては、だめです。」 「これだ。」とお爺さんは、机上で遊んでいる雀のほうを顎(アゴ)でしゃ くって見せる。 「え? 冗談じゃない。雀がものを言いますか。」 「言う。しかも、なかなか気のきいた事を言う。」 「どこまでも、そんなに意地悪く私をからかうのですね。じゃあ、よご ざんす。」矢庭(ヤニワ)に腕をのばして、机上の小雀をむずと掴<*>(ツカ)み、 「そんな気のきいた事を言わせないように、舌をむしり取ってしまいま しょう。あなたは、ふだんからどうもこの雀を可愛(カワイ)がりすぎます。 私には、それがいやらしくて仕様が無かったんですよ。ちょうどいい塩 梅(アンバイ)だ。あなたが、あの若い女のお客さんを逃がしてしまったの なら、身代りにこの雀の舌を抜きます。いい気味だ。」掌中の雀の嘴(ク チバシ)をこじあけて、小さい菜の花びらほどの舌をきゅっとむしり取っ た。 <*>掴:手偏+「國」:補助3259  雀は、はたはたと空高く飛び去る。  お爺さんは、無言で雀の行方(ユクエ)を眺(ナガ)めている。  そうして、その翌日から、お爺さんの大竹薮探索がはじまるわけであ る。 シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ  毎日毎日、雪が降り続ける。それでもお爺さんは何かに憑(ツ)かれた みたいに、深い大竹薮の中を捜しまわる。薮の中には、雀は千も万もい る。その中から、舌を抜かれた小雀を捜し出すのは、至難の事のように 思われるが、しかし、お爺さんは異様な熱心さを以(モッ)て、毎日毎日探 索する。 シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ  お爺さんにとって、こんな、がむしゃらな情熱を以て行動するのは、 その生涯に於いて、いちども無かったように見受けられた。お爺さんの 胸中に眠らされていた何物かが、この時はじめて頭をもたげたようにも 見えるが、しかし、それは何であるか、筆者(太宰)にもわからない。 自分の家にいながら、他人の家にいるような浮かない気分になっている ひとが、ふっと自分の一ばん気楽な性格に遭(ア)い、之(コレ)を追い求め る。恋、と言ってしまえば、それっきりであるが、しかし、一般にあっ さり言われている心、恋、という言葉に依ってあらわされる心理よりは、 このお爺さんの気持は、はるかに侘(ワビ)しいものであるかも知れない。 お爺さんは夢中で探(サガ)した。生れてはじめての執拗(シツヨウ)な積極性 である。 シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ  まさか、これを口に出して歌いながら捜し歩いていたわけではない。 しかし、風が自分の耳元にそのようにひそひそ囁(ササヤ)き、そうして、 いつのまにやら自分の胸中に於いても、その変てこな歌ともお念仏とも つかぬ文句が一歩一歩竹薮の下の雪を踏みわけて行くのと同時に湧(ワ) いて出て、耳元の風の囁きと合致する、というような工合いなのである。  或る夜、この仙台地方でも珍らしいほどの大雪があり、次の日はから りと晴れて、まぶしいくらいの銀世界が現出し、お爺さんは、この朝早 く、藁靴(ワラグツ)をはいて、相も変らず竹藪をさまよい歩き、 シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ シタキリ スズメ オヤドハ ドコダ  竹に積った大きい雪のかたまりが、突然、どさりとお爺さんの頭上に 落下し、打ちどころが悪かったのかお爺さんは失神して雪の上に倒れる。 夢幻の境のうちに、さまざまの声の囁きが聞えて来る。 「可哀(カワイ)そうに、とうとう死んでしまったじゃないの。」 「なに、死にやしない。気が遠くなっただけだよ。」 「でも、こうしていつまでも雪の上に倒れていると、こごえて死んでし まうわよ。」 「それはそうだ。どうにかしなくちゃいけない。困った事になった。こ んな事にならないうちに、あの子が早く出て行ってやればよかったのに。 いったい、あの子は、どうしたのだ。」 「お照さん?」 「そう、誰かにいたずらされて口に怪我(ケガ)をしたようだが、あれか ら、さっぱりこのへんに姿を見せんじゃないか。」 「寝ているのよ。舌を抜かれてしまったので、なんにも言えず、ただ、 ぽろぽろ涙を流して泣いているわよ。」 「そうか、舌を抜かれてしまったのか。ひどい悪戯(イタズラ)をするやつ もあったものだなあ。」 「ええ、それはね、このひとのおかみさんよ。悪いおかみさんではない んだけれど、あの日は虫のいどころがへんだったのでしょう、いきなり、 お照さんの舌をひきむしってしまったの。」 「お前、見てたのかい?」 「ええ、おそろしかったわ。人間って、あんな工合いに出し抜けにむご い事をするものなのね。」 「やきもちだろう。おれもこのひとの家の事はよく知っているけれど、 どうもこのひとは、おかみさんを馬鹿にしすぎていたよ。おかみさんを 可愛がりすぎるのも見ちゃおられないものだが、あんなに無愛想なのも よろしくない。それをまたお照さんはいいことにして、いやにこの旦那 (ダンナ)といちゃついていたからね。まあ、みんな悪い。ほって置け。」 「あら、あなたこそ、やきもちを焼いているんじゃない? あなたは、 お照さんを好きだったのでしょう? 隠したってだめよ。この大竹薮で 一ばんの美声家はお照さんだって、いつか溜息をついて言ってたじゃな いの。」 「やきもちを焼くなんてそんな下品な事をするおれではない。が、しか し、少くともお前よりはお照のほうが声が佳(ヨ)くて、しかも美人だ。」 「ひどいわ。」 「喧嘩(ケンカ)はおよし、つまらない。それよりも、このひとを、いった いどうするの? ほって置いたら死にますよ。可哀想に。どんなにお照 さんに逢いたいのか、毎日毎日この竹藪を捜して歩いて、そうしてとう とうこんな有様になってしまって、気の毒じゃないの。このひとは、きっ と、実(ジツ)のあるひとだわ。」 「なに、ばかだよ。いいとしをして雀の子のあとを追い廻すなんて、呆 (アキ)れたばかだよ。」 「そんな事を言わないで、ね、逢わしてあげましょうよ。お照さんだっ て、このひとに逢いたがっているらしいわ。でも、もう舌を抜かれて口 がきけないのだからねえ、このひとがお照さんを捜しているという事を 言って聞かせてあげても、藪のあの奥で寝たまま、ぽろぽろ涙を流して いるばかりなのよ。このひとも可哀想だけれども、お照さんだって、そ りゃ可哀想よ。ね、あたしたちの力で何とかしてあげましょうよ。」 「おれは、いやだ。おれはどうも色恋の沙汰(サタ)には同情を持てないた ちでねえ。」 「色恋じゃないわ。あなたには、わからない。ね、みなさん、何とかし て逢わせてあげたいものだわねえ。こんな事は、理窟(リクツ)じゃないん ですもの。」 「そうとも、そうとも。おれが引受けた。なに、わけはない。神さまに たのむんだ。理窟抜きで、なんとかして他の者のために尽してやりたい と思った時には、神さまにたのむのが一ばんいいのだ。おれのおやじが いつかそう言って教えてくれた。そんな時には神さまは、どんな事でも 叶(カナ)えて下さるそうだ。まあ、みんな、ちょっとここで待っていてく れ。おれはこれから、鎮守の森の神さまにたのんで来るから。」  お爺さんが、ふっと眼の覚(サ)めたところは、竹の柱の小綺麗(コギレイ) な座敷である。起き上ってあたりを見廻していると、すっと襖(フスマ)が あいて、身長二尺くらいのお人形さんが出て来て、 「あら、おめざめ?」 「ああ、」とお爺さんは鷹揚(オウヨウ)に笑い、「ここはどこだろう。」 「すずめのお宿。」とそのお人形さんみたいな可愛い女の子が、お爺さ んの前にお行儀よく坐り、まんまるい眼をぱちくりさせて答える。 「そう。」とお爺さんは落ちついて首肯(ウナズ)き、「お前は、それでは、 あの、舌切雀?」 「いいえ、お照さんは奥の間で寝ています。私は、お鈴。お照さんとは 一ばんの仲良し。」 「そうか。それでは、あの、舌を抜かれた小雀の名は、お照というの?」 「ええ、とても優しい、いいかたよ。早く逢っておあげなさい。可哀想 に口がきけなくなって、毎日ぽろぽろ涙を流して泣いています。」 「逢いましょう。」とお爺さんは立ち上り、「どこに寝ているのです か。」 「ご案内します。」お鈴さんは、はらりと長い袖(ソデ)を振って立ち、 縁側に出る。お爺さんは、青竹の狭い縁を滑らぬように、用心しながら そっと渡る。 「ここです、おはいり下さい。」  お鈴さんに連れられて、奥の一間にはいる。あかるい部屋だ。庭には 小さい笹が一めんに生(ハ)え繁(シゲ)り、その笹の間を浅い水が素早く流 れている。  お照さんは小さい赤い絹蒲団(キヌブトン)を掛けて寝ていた。お鈴さんよ りも、さらに上品な美しいお人形さんで、少し顔色が青かった。大きい 眼でお爺さんの顔をじっと見つめて、そうして、ぽろぽろと涙を流した。  お爺さんはその枕元(マクラモト)にあぐらをかいて坐って、何も言わず、 庭を走り流れる清水(シミズ)を見ている。お鈴さんは、そっと席をはずし た。  何も言わなくてもよかった。お爺さんは、幽(カス)かに溜息(タメイキ)をつ いた。憂鬱(ユウウツ)の溜息ではなかった。お爺さんは、生れてはじめて心 の平安を経験したのだ。そのよろこびが、幽かな溜息となってあらわれ たのである。  お鈴さんは静かにお酒とお肴(サカナ)を持ち運んで来て、 「ごゆっくり。」と言って立ち去る。  お爺さんはお酒をひとつ手酌で飲んで、また庭の清水を眺める。お爺 さんは、所謂(イワユル)お酒飲みではない。一杯だけで、陶然と酔う。箸(ハ シ)を持って、お膳(ゼン)のたけのこを一つだけつまんで食べる。素敵に おいしい。しかし、お爺さんは、大食いではない。それだけで箸を置く。  襖があいて、お鈴さんがお酒のおかわりと、別な肴を持って来る。お 爺さんの前に坐って、 「いかが?」とお酒をすすめる。 「いや、もうたくさん。しかし、これは、よいお酒だ。」お世辞を言っ たのではない。思わず、それが口に出たのだ。 「お気に召しましたか。笹の露です。」 「よすぎる。」 「え?」 「よすぎる。」  お爺さんとお鈴さんの会話を寝ながら聞いていて、お照さんは微笑(ホ ホエ)んだ。 「あら、お照さんが笑っているわ。何か言いたいのでしょうけれど。」  お照さんは首を振った。 「言えなくたって、いいのさ。そうだね?」とお爺さんは、はじめてお 照さんのほうを向いて話かける。  お照さんは、眼をぱちぱちさせて、嬉(ウレ)しそうに二、三度うなずく。 「さ、それでは失礼しよう。また来る。」  お鈴さんは、このあっさりしすぎる訪問客には呆れた様子で、 「まあ、もうお帰りになるの? こごえて死にそうになるまで、竹薮の 中を捜し歩いていらして、やっときょう逢えたくせに、優しいお見舞い の言葉一つかけるではなし、−−」 「優しい言葉だけは、ごめんだ。」とお爺さんは苦笑して、もう立ち上 る。 「お照さん、いいの? おかえししても。」とお鈴さんはあわててお照 さんに尋ねる。  お照さんは笑って首肯く。 「どっちも、どっちだわね。」とお鈴さんも笑い出して、「それじゃあ、 またどうぞいらして下さいね。」 「来ます。」とまじめに答え、座敷から出ようとして、ふと立ちどまり、 「ここは、どこだね。」 「竹薮の中です。」 「はて? 竹薮の中に、こんな妙な家があったかしら。」 「あるんです。」と言ってお鈴さんは、お照さんと顔を見合せて微笑み、 「でも、普通のひとには見えないんです。竹薮のあの入口のところで、 けさのように雪の上に俯伏(ウツブ)していらしたら、私たちは、いつでも ここへご案内いたしますわ。」 「それは、ありがたい。」と思わずお世辞で無く言い、青竹の縁側に出 る。  そうしてまた、お鈴さんに連れられて、もとの小綺麗な茶の間にかえ ると、そこには、大小さまざまの葛籠(ツヅラ)が並べられてある。 「せっかくおいで下さっても、おもてなしも出来なくて恥ずかしゅう存 じます。」とお鈴さんは口調を改めて言い、「せめて、雀の里のお土産 (ミヤゲ)のおしるしに、この葛籠のうちどれでもお気に召したのをお邪魔 でございましょうが、お持ち帰り下さいまし。」 「要(イ)らないよ、そんなもの。」とお爺さんは不機嫌(フキゲン)そうに呟 (ツブヤ)き、そのたくさんの葛籠には目もくれず、「おれの履物(ハキモノ)は どこにあります。」 「困りますわ。どれか一つ持って帰って下さいよ。」とお鈴さんは泣き 声になり、「あとで私は、お照さんに怒られます。」 「怒りゃしない。あの子は、決して怒りゃしない。おれは知っている。 ところで、履物はどこにあります。きたない藁靴をはいて来た筈だが。」 「捨てちゃいました。はだしでお帰りになるといいわ。」 「それは、ひどい。」 「それじゃ、何か一つお土産を持ってお帰りになってよ。後生、お願 い。」と小さい手を合せる。  お爺さんは苦笑して、座敷に並べられてある葛籠をちらと見て、 「みんな大きい。大きすぎる。おれは荷物を持って歩くのは、きらいで す。ふところにはいるくらいの小さいお土産はありませんか。」 「そんなご無理をおっしやったって、−−」 「そんなら帰る。はだしでもかまわない。荷物はごめんだ。」と言って お爺さんは、本当にはだしのままで、縁の外に飛び出そうとする気配を 示した。 「ちょっと待って、ね、ちょっと。お照さんに聞いて来るわ。」  はたはたとお鈴さんは奥の間に飛んで行き、そうして、間もなく、稲 の穂を口にくわえて帰って来た。 「はい、これは、お照さんの簪(カンザシ)。お照さんを忘れないでね。ま たいらっしやい。」  ふと、われにかえる。お爺さんは、竹薮の入口に俯伏して寝ていた。 なんだ、夢か。しかし、右手には稲の穂が握られてある。真冬の稲の穂 は珍らしい。そうして、薔薇(バラ)の花のような、とてもよい薫(カオ)り がする。お爺さんはそれを大事そうに家へ持って帰って、自分の机上の 筆立に插(サ)す。 「おや、それは何です。」お婆さんは、家で針仕事をしていたが、眼ざ とくそれを見つけて問いただす。 「稲の穂。」とれいの口ごもったような調子で言う。 「稲の穂? いまどき珍らしいじゃありませんか。どこから拾って来た のです。」 「拾って来たのじゃない。」と低く言って、お爺さんは書物を開いて黙 読をはじめる。 「おかしいじゃありませんか。このごろ毎日、竹藪の中をうろついて、 ぼんやり帰って来て、きょうはまた何だか、いやに嬉しそうな顔をして そんなものを持ち帰り、もったい振って筆立に插したりなんかして、あ なたは、何か私に隠していますね。拾ったのでなければ、どうしたので す。ちゃんと教えて下さったっていいじゃありませんか。」 「雀の里から、もらって来た。」お爺さんは、うるさそうに、ぷつんと 言う。  けれども、そんな事で、現実主義のお婆さんを満足させることはとて も出来ない。お婆さんは、なおもしつっこく次から次へと詰問する。嘘 を言う事の出来ないお爺さんは、仕方なく自分の不思議な経験をありの ままに答える。 「まあ、そんな事、本気であなたは言っているのですか。」とお婆さん は、最後に呆(アキ)れて笑い出した。  お爺さんは、もう答えない。頬杖(ホオヅエ)ついて、ぼんやり書物に眼 をそそいでいる。 「そんな出鱈目(デタラメ)を、この私が信じると思っておいでなのですか。 嘘にきまっていますさ。私は知っていますよ。こないだから、そう、こ ないだ、ほら、あの、若い娘のお客さんが来た頃から、あなたはまるで 違う人になってしまいました。妙にそわそわして、そうして溜息ばかり ついて、まるでそれこそ恋のやっこみたいです。みっともない。いいと しをしてさ。隠したって駄目ですよ。私にはわかっているのですから。 いったい、その娘は、どこに住んでいるのです。まさか、藪の中ではな いでしょう。私はだまされませんよ。薮の中に、小さいお家があって、 そこにお人形みたいな可愛い娘さんがいて、うっふ、そんな子供だまし のような事を言って、ごまかそうたって駄目ですよ。もしそれが本当な らば、こんどいらした時にそのお土産の葛籠とかいうものでも一つ持っ て来て見せて下さいな。出来ないでしょう。どうせ、作りごとなんだか ら。その不思議な宿の大きい葛籠でも背負って来て下さったら、それを 証拠に、私だって本当にしないものでもないが、そんな稲の穂などを持っ て来て、そのお人形さんの簪だなんて、よくもまあそのような、ばから しい出鱈目が言えたもんだ。男らしくあっさり白状なさいよ。私だって、 わけのわからぬ女ではないつもりです。なんのお妾(メカケ)さんの一人や 二人。」 「おれは、荷物はいやだ。」 「おや、そうですか。それでは、私が代りにまいりましょうか。どうで すか。竹藪の入口で俯伏して居ればいいのでしょう? 私がまいりましょ う。それでも、いいのですか。それでもあなたは困りませんか。」 「行くがいい。」 「まあ、図々(ズウズウ)しい。嘘にきまっているのに、行くがいいなんて。 それでは、本当に私は、やってみますよ。いいのですか。」と言って、 お婆さんは意地悪そうに微笑む。 「どうやら、葛籠がほしいようだね。」 「ええ、そうですとも、そうですとも、私はどうせ、慾張りですからね。 そのお土産がほしいのですよ。それではこれからちょっと出掛けて、お 土産の葛籠の中でも一ばん重い大きいやつを貰(モラ)って来ましょう。お ほほ。ばからしいが、行って来ましょう。私はあなたのその取り澄(スマ) したみたいな顔つきが憎らしくて仕様が無いんです。いまにその贋聖者 (ニセセイジャ)のつらの皮をひんむいてごらんにいれます。雪の上に俯伏し て居れば雀のお宿に行けるなんて、あははは、馬鹿な事だが、でも、ど れ、それではひとつお言葉に従って、ちょっと行ってまいりましょうか。 あとで、あれは嘘だなどと言っても、ききませんよ。」  お婆さんは、乗りかかった舟、お針の道具を片づけて庭へ下り、積雪 を踏みわけて竹薮の中へはいる。  それから、どのようなことになったか、筆者も知らない。  たそがれ時、重い大きい葛籠を背負い、雪の上に俯伏したまま、お婆 さんは冷くなっていた。葛籠が重くて起き上れず、そのまま凍死したも のと見える。そうして、葛籠の中には、燦然(サンゼン)たる金貨が一ぱい つまっていたという。  この金貨のおかげかどうか、お爺さんは、のち間もなく仕官して、や がて一国の宰相の地位にまで昇ったという。世人はこれを、雀大臣と呼 んで、この出世も、かれの往年の雀に対する愛情の結実であるという工 合いに取沙汰(トリザタ)したが、しかし、お爺さんは、そのようなお世辞 を聞く度毎(タビゴト)に、幽かに苦笑して、「いや、女房のおかげです。 あれには、苦労をかけました。」と言ったそうだ。 [以 上]